聞き書き甲子園について

聞き書き甲子園に参加して

一番刺激をうけたのは、全国から100人集まって、研修をともに過ごしたことです。みんなそれぞれ、生まれたところも違えば、育ったところも違う。考え方やものの見方もまったく違いました。いいかえれば、人間は違って当たり前。自分と考え方が違う人を避けるのではなく、相手の意見を尊重し、自分の意見もはっきりと言うことが大切だと思いました。そして研修が終わることには、みんなすっかり意気投合し、友達になれたことが最大の収穫です。
はじめは一人で東京に行けるか、友達が作れるかなど、不安なことがたくさんありました。でも、無事、東京に着き、交流会などを通じて、学年に関係なくいっぱい友達をつくることができました。研修の3泊4日は、私にとって、とてもプラスになることばかりで、本当に楽しかったです! この出会いは、大きなものになりそうです。
研修で印象に残ったことは、聞き書き実習で長時間かけて、レポートをグループの人達とまとめあげたことです。そのことを忘れずに、自分が実際に「聞き書き」取材をして悩んだときも、「みんなも頑張っているんだ」と自分に言い聞かせながら、作品を仕上げました。そして、やり終えたときの達成感はとても大きなものでした。
聞き書き」を体験して、「聞く」ということの難しさを痛感しました。人の話が、こんなにも飛び飛びで、複雑だとは思ってもみなかった。同時に、「話す」ことも難しいと感じました。それでも「聞き書き」したテープを起してみると、名人の話は筋が通っているということに、また、驚きました。「聞く」「話す」ということは、普段、何げなくしていることですが、本当に難しいですね。「聞き書き」を通じて、名人という、一人の人間の人生を感じることができ、また、御家族の優しさにも触れることができました。人の温かみを感じ、心から感謝したいという気持ちになれました。
取材に行って、私が感銘を受けたのは、名人の仕事に対する熱心さです。話をしてくださっているときの笑顔が本当に素敵で、取材をしている私にまで、それが伝わってきました。その中で最も印象に残った言葉、「今だに一年生よ」です。今まで、船大工の仕事を54年間続けてきて、数々の名誉ある賞を受賞した名人の口から出たこの言葉には、本当にあっけに取られました。そして、私の16年の人生なんて、まだまだちっぽけなものだと心の底から思いました。
名人が最後に語った言葉に、「森は何も言わんけど、それを人間は感じ取ることができる」という言葉がありました。その言葉は、自分の心にも響き渡るような、そんな言葉で、今でも忘れることのできない印象深いものです。 そして、「名人の道具づくりの技も、その材料となる森がないと成り立っていかない」ということも学ぶことができました。そのことをしっかりと心に留めておき、今後の自分の生き方で、少しでも自然と共に生きていけたらいいなあ、と思います。
私が取材したのは、指物(さしもの)の名人でした。指物に使う木を何種類か見せていただきましたが、木目が木によってあんなに違うということを初めて知りました。そしていくつもの工程を教えていただいて、私はそれまで「もの」が作られる過程や背景をまったく考えていなかったことに気づきました。どんな「もの」も、突然ここにあるわけではなくて、人の手間や時間がかかっているということを知り、「もの」を大切にしたいと思えるようになりました。
「若ぇ頃に覚えたものは忘れない。でも年をとると、いくら勉強しても忘れるもんだ。だからぁ、あんだも、今、勉強しなさい」と名人は言いました。高校生活は一度しかこない。その中で勉強しかしなければ悔いが残ると思います。でも、将来のために勉強するには、今、若く何でも吸収できる時にしておかなければならないということを教わりました。勉強も遊びも「今しかできないこと」だから二つとも思う存分やりたいと思います。
新しいものが多くなり、古いものはなくなってしまう現代において、自然を守り共に生きていく名人の姿を見ると様々なことを考えさせられます。どうして一番大切なものが失われようとするのか。なぜ、人は自分を中心として物事を考えてしまうのか? どんどん豊かになっていく生活の中で、知らず知らず破壊されていく自然。このままで良いのだろうか? 無くなってから気づくのでは遅すぎる。一人の小さな試みを紡いでいけば、最初は小さい成果だけど、続ければきっと大きな結果になって「幸せ」という形で私達に戻ってくる、と私は思います。