開催プログラム

『塩野米松流 聞き書き術』

(第1回 森の“聞き書き甲子園”事前研修-平成14年8月27日 塩野米松先生の講義より)

3 まず相手の人に伝えること

1.『聞き書き』とはどういうものであるかを伝える
2.録音させてもらうことの了解を得る
3.原稿はご本人に確認し、不都合があれば修正・削除できることを伝える
 まず皆さんは『聞き書き』をする相手の方の家に伺って、挨拶をしますね。簡単な自己紹介をして、「これから『聞き書き』をさせてください」とお願いします。でも、相手の方は『聞き書き』とはどういうものかを知りません。ですから、『聞き書き』とはどういうものかということを説明しなければなりません。「これからお話ししてくださる中身を文章にまとめます。私が質問をして、お話いただいた言葉を書き起こし、それを文章にまとめます。」というようなことを、まず説明します。
 そして、テープレコーダーを出す時に、「申し訳ありませんが、テープレコーダーに録音させてください」とことわる。何のことわりもなしにテープレコーダーで録音するのは相手の方に失礼なことで、ルール違反なのです。また、録音してしまえば、それは自分のもののような気がしますが、そこで話された言葉は相手の方のものです。だから、はじめに相手の方にも、話した言葉がすべて録音されることを覚悟してもらわなければいけない。さらに話す途中で、相手の方は「こんなことまで話して良いかな」とためらう場合がありますので、「最後にまとめた原稿をお見せします。もし不都合なところがあれば、あとから削ってくださって結構です」。もしくは、「最後に原稿を整理する段階で、ご相談させてください。」といっておきます。こうしたやり取りをきちんとしないと、いずれにしても相手の方に信用されず、本当のことを話してくれないものです。

4 聞く

◆『聞き書き』は対話でできあがる
『聞き書き』というと、「聞く」という言葉のイメージで、どうしても相手の方に一方的に質問する、インタビューするという形式に聞こえますが、実はお互いの「対話」なのです。お茶飲み話の延長で、話をずっと聞いていく。だから相手ももちろん話しますが、僕もただ聞いているだけではなく、話をします。二人で話をしながら対話形式でずっと物語が進行して、時々、話の流れが元に戻ったりしながら、いろいろな話をしていく。人というのは、話をする中でしか思い出さないことがたくさんあるのです。また、話をしているうちに自分の考えがまとまるということがあるのです。皆さんが聞きに行く相手は、答えをはじめから用意して待っているわけではないのです。皆さんが話しかけることによって答えを見つけたり、「ああ、そういう言い方があるのか。それならこういうふうに言う場合もあるんだよ。」という様な、表現をみつけてくださる。
 こちらから話しかけない限り、向こうから答えは返ってきません。自分が話をすることで、相手の言葉を聞き出していく、これが単純なインタビューと違って、『聞き書き』のとても面白いところなのです。

◆相手の人が当たり前だと思っていることを聞き出す
 インターネットや図書館で調べれば、自分が知りたいことはだいたい分かります。けれども、自分が相手の方に質問して、はじめてわかることもあります。僕は、自分で本を書く為に『聞き書き』をしますが、そのときには、どこの資料にもなかったことを聞くようにしています。それは、本には書いてなくても、たとえばその職人さんにとっては日常の、当たり前のことだったりもするわけです。
『聞き書き』で大切なのは、相手の方が当たり前だと思っていることを上手に聞き出すことです。自分が今まで本で見た、どの川船の写真よりも、この熊野川の船は変わっている。平たくて、幅が広い。これはなぜなのか。たとえば、そういう質問をします。相手の方にとって自分の船だけが自分の人生ですから、それを当たり前だと思っている。聞き手の事前の勉強による質問を受けない限り、その人自身からは、その疑問に対する答えは出てこないのです。

◆最初に用意した質問を基本として、後は相手の話の中から新たな質問を作り出す
 「質問事項のリストを用意して行った方がいい」とお話ししました。しかし実際には、その用意した質問だけだったら、30分もかからないうちにインタビューは終わってしまうでしょう。だから聞かなければいけないと思うことをまず基本に置いて、後は相手の答えの中から、その場で質問事項を作り出していくのです。
 たとえば、大工さんに「どういうふうにすると、かんなを上手にかけられますか。」と質問してみる。「自分の腰の幅に足を広げるのがいい」とか、「右足を半歩踏み出すのがいい。これがかんなを削るのに一番疲れないやり方だ。」という返事が返ってきます。その話を聞いたら、その場で、さらに質問を足します。たとえば「それは誰に教わったのですか?」と聞いてみる。そうすると「自分のお師匠さんに教わりました。お師匠さんは、自分が前かがみになってかんなを削っていると、必ず箒の柄でひっぱたいた。」と話してくれる。その答えを受けて、また次の質問をします。「ひっぱたかれた時、どう思ったのですか。」と聞いてみる。「非常に腹が立ったけども、お師匠さんの言うことだから仕方なく、その通りにやった。今までずっとそれでやってきた。だけど、自分が弟子を持つようになって初めてお師匠さんが殴った理由がわかったよ。」 こういう会話をずっと繰り返していくと、かんなのかけ方を聞きながら、その大工さんの師弟関係がわかるようになります。そして、話を聞くうちに「お師匠さんは別に先生じゃないし、弟子から授業料をもらって教えてるわけじゃない。むしろお師匠さんは弟子に小遣いという形で賃金を払っている。その上、技術を教えてくれている。徒弟制度の中で殴られたり蹴られたりすることは、僕らが思っているほど嫌なことではないのかも知れない……。」といったことに気づくのです。このようにひとつの動作や技術の中からどれだけの話を聞き出していけるかどうかが、『聞き書き』の大事なところなのです。
 このように話すと、とても難しそうに聞こえるかも知れません。でも、やってみればわかることです。その人のところに行って、話を聞きながら君たちが疑問に思ったことを積み重ねていく。そうすれば、僕が今、説明しているようなことに必ず行き着くのです。

◆核心に近い部分は、聞き方を変えて何度も引き出す
 僕は自分で『聞き書き』をしながら思うのですが、僕がもし刑事であれば供述書も上手にとれるのではないかと思います。『聞き書き』という作業の核心は、尋問調書をとるのと多分似ているだろうなと思うのです。僕が質問をすると相手からは答えが返ってきますが、その答えでは満足できないことがよくあります。どこか納得できない。そうするとその都度、聞き方を変えて、何度も質問を繰り返しながら、同じことを聞く。そして、疑問に思うことが出てくると、また聞く。さっきはこう言ったけれど、自分が今まで読んできた資料ではそんなことは書いていなかったから、もう一度、聞いてみようと思う。何度も聞いて、問題の核心に近い部分を引き出していくのです。

◆録音機に頼らないでメモをとる・疑問はメモを取りタイミングよく質問する
 相手の言葉で分からなかった言葉は、次に聞くためにメモをとります。テープレコーダーだけに頼ると、だんだん相手の言葉を聞かなくなるものです。その為にも最初からノートを広げて話をメモしていくのが後々の作業としては一番楽です。書き、メモすることで、相手の言葉をできるだけ頭に記憶した方がいいのです。キーワードを記憶し、次の質問に挟み込むことで、相手の反応も変わってきます。
 僕はよく野山を歩きますが、初めて野山を歩いて自然観察する人たちに「カメラは使うな」といいます。それは、写真の中に記憶したものは、自分の頭の中に記憶されているわけではないからです。後で写真を見ればわかるだろうと思うでしょうけれど、自然観察する基本的な力を持ってない人がどこをどう見ればいいのかわからない状態で写真を見ても、結局それは写っているだけということになってしまう。それだったら、その場でスケッチをした方がいい。メモをとった方がいいのです。
 そうすれば、どこから葉が出ているのか、花びらは何枚あるのか、細かなことが見えてくるのです。 テープレコーダーやカメラといった機械に頼りすぎると、後々にまとめる作業が大変になります。そうは言っても、実際にインタビューすると相手の話に没頭してメモを怠ったり、「今の話は後でもう1回テープを聞けばいいや」と思うようになってしまうことがあります。そういうことはきっと後で後悔する原因になります。特に、メモするときに大事なのは、その場で気がついた疑問をメモすることです。そして、その疑問は、相手の話の流れを損なわないように、タイミングよく質問するようにします。

※少し高度な技術ですが……あとから話の内容を思い出せるならメモを取らないというのが本当は一番いいのです。聞き手は話し手のひとつひとつの動作に注意深く気を使っているので、何か話した言葉を僕がメモを取りますと、「あ、そういうことを話せばいいんだ」と向こうは思う。もしくは、「今メモを取ったけど、どういうことでメモを取ったんだろうか」とも思ったりするのです。だから道端で会ったり、お茶飲みながら話してるように話せるなら、本当はそれが一番いい。その為に、テープレコーダーを置いたときも、相手に録音することの了解を得たら、テープで録音しているということはできるだけ忘れてもらうように話をするのが一番望ましい。これもなかなか難しいのですが。

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