開催プログラム

『塩野米松流 聞き書き術』

(第1回 森の“聞き書き甲子園”事前研修-平成14年8月27日 塩野米松先生の講義より)

5 たくさんの分からない言葉

◆その職業独特の用語は重要。話を聞きだすキーとしてどんどん質問していこう
 たとえば職人さんに話を聞きますと、わからない言葉がたくさん出てきます。道具の名前、木の種類、一つ一つの単位、恐らく皆さんにとってはすべて初めて聞く名前だと思います。それを、ひとつひとつ確認していかなければいけません。
 たとえば石工さんの場合でいうと、石を打つための「かなづち」があって、その「かなづち」に使う「柄」があります。この「柄」は職業によって全部違います。地方によっても違います。自分の体に一番ショックがなくて、折れなくて、長持ちして、手になじんで、汗をかいても手から滑り落ちない、そういう木を使います。しかもそれは、自分たちの一番身近にある木でなければいけないのです。遠くから買ったり、道具屋さんに行って買ってくるようでは、すぐに修理して使えないからです。ですからインタビューでは「その使っている道具の柄は何ですか」と聞いて、その木の名前を覚えて、「なぜその木を使っているのですか」とまた聞く。こうした質問を繰り返していきます。
 木には年輪があります。真中の方は赤くて外側は白い。林業高校とか、農業高校の人たちはそういうことを授業で教わったり、実習で見ているかも知れない。でも普通高校の人はそういうことを知らない人が多いと思う。白いところの木を使ってつくる道具、赤いところの木を使ってつくる道具があります。年輪の中心の所は舟には使いませんが、それも質問をすれば答えてくれると思います。「なぜその白いところを使わないんですか」、「これは腐りやすいからだ」。「じゃあなぜ芯の赤いところはなぜ使わないんですか」、「ひびがはいるからです」。「では舟はどこの部分を使って造るのですか」、「木の真ん中の、すぐ両脇の所を使った船が一番いい船なんですよ」。こういう話のやり取りをすることが大切です。
 たとえば鍛冶屋さんが刀をつくろうとしているとします。炉の中を覗いて、「これは何度でしょうか。」と聞くと、よく勉強をしている鍛冶屋さんは「725度という臨界点がありまして、その温度を超えることを目指してますので、今は725度よりやや上がったとところだと思います。」という言い方をしてくれる。しかし、これは本来の鍛冶屋さんの言い方ではありません。鍛冶屋さんは炎の色を見て温度を推測している。だから、夕焼けの色ではまだ低くて、もう少し明るく白みがかってきた時には725度を超えている基準を持っているのです。炎を使う職人たちは計測機器を使うことはまずありません。これは炭焼きも、焼き物屋さんも、皆そうです。その焼き物屋さんが考える温度の基準、それを焼き物屋さんが使う言葉で聞き出せるかどうか、それが『聞き書き』を成功させるコツです。

◆自分の中の常識や想像を疑う
1.嘘を書かない為にも、具体的にモノを見せてもらって目で確認する
 年配の大工さんや石屋さん、桶屋さんは、長さを言うのにセンチとかメートルという単位は使わずに、一尺とか何分といった「尺貫法」を使います。なぜかというと、昔から自分の体を物指しにして馴染んだ言い方で、その方が使い易いからです。
 たとえば「2分の釘を使います」という話があったとします。僕らの頭の中では、釘は鉄でできていると思い込んでいるかもしれない。そして、平らな頭のついた釘だといわれたとたんに、普段見る釘を思い浮かべるかも知れません。でも、実はこれは、鉄の釘ではなくて、竹でつくった釘かもしれません。そういう勘違いはいくらでもあるのです。しかも、舟をつくる時の釘も、宮大工さんが五重塔をつくる時の釘も、僕たちがすぐに思い浮かべる形の鉄の釘は1本も使われません。頭の中でわかったつもりになってしまうと、肝心なことを聞いて確認してくることを忘れてしまう。そうすると、僕たちが「常識」だと思って「はい、はい」と聞いてきたことが、原稿に書き上げた時には「嘘」になってしまうことがあるのです。
 また、話の中のでは「あれ」「これ」と言っているあいまいな言葉も、文章にまとめるときには具体的な言葉に置き換えなければなりません。たとえば、目の前に道具を持ってきてもらって話をする時に、相手の方が「この道具はね……」といったとします。文章にするときには「この道具」では読者にわかってもらえないので、この、の後に名前をきちっと聞いて、たとえば「このゲンノウは……」に置き換えます。「長さは、こんなもんだな」と言った時にも、ざっと見て30センチであれば「30センチ」と自分のノートにメモしておきます。そして、文章に書くときには具体的な数字を入れる。そういうことにも注意しながら『聞き書き』をしていきます。
 そのためにも、話の途中で、仕事場や使っている道具、でき上がった品物、材料などは、できるだけ実際に見せていただきましょう。そしてそれをきちんとメモに取ります。もちろん写真を撮ってもいいのですが、先ほどいいましたように写真だけでは、見落としてしまうこともあるかもしれないので、きちんとメモにもとります。そして、職人さんそれぞれに呼び方があるので、それをどう呼んでいるのかも聞きます。例えば、木一本持ってきてそれを使うときに僕たちは根元の方を「根元」、先端を「先端」と普通に言っていますが、職人さんは根元を「モト」、先端のことを「ウラ」と言ったりもします。あるいは「日面」、「日裏」という言葉もあります。日が当たる側と日が当たらない側という意味で、それによって木の性質が違うのです。一本の木を使う場合にも、どこの部分をどう使うのか。なぜそうするのか。そういうことも、できれば具体的な物を見せてもらったり、紙に絵を描いてもらうようにします。

2.相手の頭の中にあるモノの形は、絵や図面などを描いてもらって確認する
 岡山の船大工さんに話を聞いたときに、こんなことがありました。ここでは、舟をつくるときに、木を合理的に使うため、ねじったような製材の仕方をします。この舟大工さんは設計図も何も描きません。自分の川に合わせた舟を先祖代々造ってきているのです。だから、長さがいくつの舟が欲しいといえば、もう彼の頭の中には、「じゃあ裾の方はいくつで、真中はいくつで、どこに絞りを入れた舟をつくろう。」という具体的な形が思い描けるのです。だから設計図は書かないのです。でも、僕はその頭の中にあるものを分かりたいから、あえてその設計図を描いてもらえないかと相談しました。ところが彼は今まで設計図を描いたことがない訳ですから、立面図だとか平面図という書き方を知らない。そこで、代わりに紙を切って、舟の形に貼り合わせ、それを開いたものを僕に渡してくれました。それによって、僕は話に聞いていたことを断然よく理解できました。材のどこがどうねじれているのかも、その紙を見せてもらったときに初めてわかった。同じように、他の方に話を聞いたときに、「ねじって製材をする」ということが分からなかったので、粘土を使って説明してもらったことがあります。相手の話をより理解するためには、絵を描いてもらったり、模型をつくってもらったり、さまざまな工夫が必要です。

◆よくある困った状況への対応
1.人生論よりも具体的なできごとの積み重ねが重要
 相手の方がご自身の「人生論」を語ってくれることもあると思います。でも、「人間というのは、こういうもんだよ」とか、「人が生きるというのはこういうもんだよ」というような、ありきたりの言い方をされても、読者は面白くありません。その言葉の中味を示す具体的なディテールが欲しいのです。『聞き書き』の基本は、ディテールを積み重ねていくことです。「その人の人生がどうだったか」ということは、ディテールを積み重ねた中で初めてわかるのです。たとえば石工さんの所に行って、なぜ石工さんになったのか、お父さんも石工さんだったのか、誰に仕事を教わったのか、何年教わったのか、最初にやった仕事は何だったか。そういうことを具体的に聞いて、一つ一つを積み重ねていく中から、その人の人生が浮かび上がってくるのです。

2.お付き合いで聞かざるをえない話もある・話を元に戻す
『聞き書き』をしていくと、とかく話は横道にそれます。右行ったり左行ったり、子供の時代の話を聞いているのに、今の話になったりする。これは仕方ありません。これを聞かないと先に進まないので、とにかく相手の話を聞くのです。そして、しばらく経ってから、「あの、先ほどの、小学校5年生の時のことですが、その時はどうしたんでしたっけ?」というように話を何度も戻してあげる。
 原稿を仕上げるためには、この話の道筋をたどらなければということを忘れないようにしておかないと、後で原稿をまとめる時にどうしようもなくなります。「小学校5年生の時に、初めておやじに炭焼き窯に連れて行ってもらった。それが初めて作業を手伝った体験だ。」 という話があったとします。では、その後、お父さんに何を教えてもらって、どういうふうに炭焼きの仕事を覚えて行ったのか、と聞きたいのに、話は横道にそれて、「小学校5年の時は遠足で和歌山に遊びに行ってみてお城を見た」という話になったりするのです。あるいは、「隣のおじいちゃんが炭焼きの名人だったんだけれども、趣味は将棋でね。その将棋の相手をよくしていたよ」という話になったりする。話は本題からずれていますから、「その話は結構です」と言いたいところですが、これはお付き合いですから仕方ないのです。相手の話を聞くようにします。そのためにも、録音テープは余分に持っていく必要があります。万が一テープが残り少なくなると、途中から話が上の空になる。それは相手の返事にもすぐに表れます。とにかく我慢して聞いて、しばらくしてから「ありがとうございました。それで、はじめてお父さんに炭焼き窯に連れて行ってもらったときの話に戻りますけれども……」と相手の話を誘導します。

3.「事実ではないこと」や「謙遜」を乗り越えて本心にせまろう
『聞き書き』には欠点があります。ひとつは、相手の方が本当のことを言っているかどうか判からない、ということです。もうひとつは、日本人の場合はほとんどがそうですが、自分のことを誉めることを嫌う、ということです。僕たちがいかにその人を尊敬して彼のすばらしいところを紹介したいと思って話を聞いていても、彼の言葉には自分を謙遜する言葉は出てきても、誉める言葉は出てこない。逆に、「自分が日本一だと思います」というような発言をする人がもし僕のインタビューの対象であれば、僕は途中から彼を尊敬できなくなるかも知れません。「その人の本心にいかに迫るか」ということも、『聞き書き』の面白さのひとつです。

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