開催プログラム

『塩野米松流 聞き書き術』

(第1回 森の“聞き書き甲子園”事前研修-平成14年8月27日 塩野米松先生の講義より)

6 まとめる ~読みやすく、人柄が良く見え、人生の裏側まで読み取れるものに~

『聞き書き』は「文学」という分野ではなくて、「文芸」というひとつ芸を持った仕事だと僕は思っています。その芸とは、まず「話を聞く」こと、それからその「話をまとめること」、この2つです。
 では、2つめの「話をまとめる」ことについて説明しましょう。

◆テープ起こしは時間がかかる大仕事
 テープの書き起こしは、時間のかかる作業です。録音時間1分で、だいたい原稿用紙1枚の文字数になります。だから1時間、『聞き書き』したテープを起こすと、原稿用紙60枚分になる。僕が1時間で書ける量は5~6枚。ですから1時間のテープを起こすというのは大変な作業なのです。僕はプロの方にテープ起こしを依頼しますが、2時間半のインタビューテープを午前中に渡して特急で仕上げていただいても、原稿が上がってくるのは翌日の夜8時ごろになることもあります。それほど時間がかかるものなのです。話している言葉を文字に書き起こすというのは大変な作業なのです。

◆喋った中身を刈り取る作業=植木屋さんと同じ作業
 テープの書き起こしが終わると、次に文章をまとめます。
「小説」の場合は、自分がイメージしたものを作り上げていけばいいのですが、『聞き書き』というのは、相手の方が話したことが基本資料になりますから、皆さんがやる仕事は植木屋さんと同じく刈り取りです。もちろん刈り取った後に、自分の思っている枝を勝手に足すことはできません。だから『聞き書き』は、上手に聞いて、上手に刈り取って、ひとつの文章に仕上げていくという作業です。

1.要らない原稿は全て消していく
 要らない原稿は全て消していきます。話が途中からお天気の話になったり、孫の話になったりした。そこで要らないと思われるところは削っていけばいい。そうするだけでも、文章の量は少なくなります。

2.聞き手の質問はすべて消す
 次に、聞き手の質問をすべて消します。そうすると残りは相手の答えだけです。質問を消していく作業をする時に、自分の質問の一部がないと相手の答えの意味が通じなくなるところがあるとします。たとえば「私はこれが大切だと思うのですけれども、大工さんはどう思われますか?」「その通りだと思います」といったやりとりの場合、自分の質問を残しておかないと文章になりません。その時は、大工さんの言葉として「これは大切だと思います」と繋げる。また、「どんなノコギリをお使いですか」という質問を削る場合、大工さんの言葉で「ノコギリの話ですが……」と繋げる。そういう作業をしながら、まず質問事項を消していきます。

3.「あのう」「~だけど」など癖でくり返される言葉を削る
 話言葉には「あのう……」とか、「……でね」とか、その人の癖で何度も繰り返される言葉があります。たとえば「そうなんだけど」「これは蚤で削ったんだけど」というように、語尾は全部「けど」で終わる癖の人もいる。そういう言葉をすべて文章に残すと、とても読みづらいものになります。この場合は、話し言葉のニュアンスを崩さないように注意しながら、文章をまとめるときに整理し、削っていきます。

◆文章を変えることはどこまで許されるか?
原則1:その人の人格を崩さない
原則2:言っている趣旨を曲げない
 文章を整理していくと、どこまで変えていいのか、付け加えていいのか、という問題が出てきます。これはとても難しい問題で、一字一句、絶対変えてはいけないとなると、文芸作品、読み物としてはきれいに仕上がってこない。文章を整理するときには「本人の人格を崩さない」、「話している趣旨を曲げない」というのが、まず最低の条件です。その上で、あの人が言いたかった趣旨を考えれば、この言葉に置き換えても決して間違いではないだろう、という範囲で調整していきます。

◆どの文字を使って表現するか
 方言でインタビューに答える人もいると思います。その時に、「んじゃ」という言葉を使ったとする。「んじゃ」というのを、どう書きおこすか。文字に表すと、「んじゃ」にするべきか、「うんじゃ」とするべきなのか。一個一個の字をおこすたびに考え込みます。それから、「そうですよねぇ」と言った時の「ぇ」をおこすかどうか。原稿によっては小さいカタカナのエを入れて、それを再現している人もいます。それから「ぇ」をおこさずに「ね」で止めてしまう人もいる。話す言葉の音の幅の広さが50音のひらがなにはあてはまらないので、それだけで皆さんは大変な苦労をすることになります。
 もうひとつ迷うのは、どこまで漢字で表現していくか、ということです。例えば秋田の人は、背中を「へなか」と言う。それを漢字で「背中」と起こすか、「へなか」と表記するか。ただ「背中」という漢字で原稿を起こすと、そのお爺さんは標準語で喋っているようにとられてしまう。そういう『聞き書き』は、その時代の風俗や言葉遣いを表現してる『聞き書き』として正しいかどうかという問題にぶつかります。あるいは、このおじいさんが喋っていた時にはもっと柔らかい感じに聞こえたのに、自分が起こした原稿を読むとぶっきらぼうに感じるのはなぜだろう、という疑問を感じることもあるかも知れません。「へなか」と書くか、「背中」と書くか。あるいは「背中」という漢字に「へなか」というルビをふるか。あるいは注をつけるのか。どういう表記がふさわしいかを考えて、工夫してみてください。
 それから、自分自身を指す言葉にもさまざまな言い方があります。「俺」「私」「僕」。そのお爺さんが話す中で興奮してくると、「わしはなー」といったりする。でも「わし」で通すとおっかないお爺さんのような印象をもたれてしまうかもしれない。その部分だけ「わし」にすればいいか、というと、そうでもありません。文章全体としてはある程度の統一をとりながら、おじいさんの性格を全体としてうまく表現するように言葉を選び、文章を仕上げなければいけない。そういう作業をするたびに、「言葉って何だろうか」と考えてみたりもします。

◆話のまとまりごとに、小見出しをつけて整える
 ある程度、文章を整えたら、次に話をブロック(ひとつのまとまりのある内容)ごとに整理して、たとえば「ノコギリの話」という付箋を貼るなり小見出しをつけていきます。必ずしも、話の順番通りに文章をまとめるわけではありません。「ノコギリの話」が何回かあって、その話を集めた方が良ければ、一緒にまとめます。「ノコギリの話」と「ノミの話」を比較することでノコギリの鉄の素材がわかる、というような場合には、その2つの話を組み合わせる。そうして、最初に作ったプロット(話の流れ)を修正し、形を整える作業をします。その過程でいらない言葉、何度も繰り返されている言葉を削っていきます。
 そうして、僕が書いた原稿を本人に見てもらうと、ほとんどの人は、自分が言った通りじゃないか、と思う。でも僕はその人の原稿を仕上げるために、多分全体を15分の1か20分の1に削って、最初のインタビューで聞いた話と、5回目ぐらいのインタビューに聞いた話をまとめて、ひとつのブロックにし、センテンス(文章)を仕上げているわけです。
 西岡棟梁にインタビューして法隆寺の本を作ったときにも、棟梁は全部自分が喋ったままが書かれていると思ったでしょうけれど、僕は棟梁の話を切ったり貼ったりしながら文章をまとめたのです。はじめのインタビューはもう今から18年ぐらい前だと思いますが、コピー機をそばに置いて1回作った原稿をコピーして、それを切り貼りして、組み合わせていく。もとの原稿がわからなくなると困るから全てコピーを取って作業をしました。手で書いて、切ったり貼ったりしていくと、膨大な時間がかかります。でも今はパソコンで処理できます。パソコンには元のファイルを保存し、コピーしたファイルで何度も修正しながら上書き処理を繰り返していけば、元の原稿も残るし、新しい原稿もつくることができます。

◆楽しく興味がわくように工夫する、しかも事実のままで
1.並べ替え
2.頭に物語や事件をおこす
3.面白い小見出し
 さて、ここまでできたら、改めて小見出しを1枚の紙に書き並べます。それをどう並べたらその人の人生が浮かび上がってくるだろうか。子供のときの話から時系列に修行中へとつなげた方がいいだろうか。それとも一番先に親方に怒られて失敗した時の話を持ってこようか。小説でも何でもそうですが、文章の書き出しというのは大切です。のろのろと話を始めてたのでは、読者は読んでくれない。説明的な文章をずっと読まされると飽きてくる。だから最初から事件(印象的なできごと)で、物語を起こす。その事件に関心をもってもらうことで物語を展開していく、というやり方がある。『聞き書き』の文章をまとめる場合にも、そういうやり方があってもいいのです。
 例えば石工が石垣を作ったり、ノミ一個で石の形を変えていく作業をどうやってやっていくのか、という話の場合、「30センチ×30センチ×1メートル80センチの石の棒を、一人で作り上げることできたら一人前です」といわれると、「あ、そうかなー」と思うと思う。マタギの人たちの話であれば「獲物をしとめた時には、『あぶらおんけんそわか』と言って祈ります」というと、「あ、そういうしきたりがあるのか」と思って、文章を読み始めた時に入りやすくなる。そういう作為は文芸という意味での『聞き書き』でいえばありえるわけです。ですから、どう話の順序を並び替えればインパクトを与えられるか。いかに面白い小見出しをつければ、読み手を引きずり込んでいけるのか。その人の話を、興味をもって読んでもらえるものに仕上げるというのが、『聞き書き』の最後の仕事です。
 聞いてきたことをただ書くだけでは、子どもの宿題と一緒です。楽しく、興味をもって読んでもらえる、と同時に「事実」でなければいけない。語られる言葉は、その人らしい、その職業の人でなければ使わないだろうという言葉が織り交ぜられ、それでいて大工なら大工という生き方が浮かび上がってくれば、それは大成功です。

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